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大阪高等裁判所 平成11年(行コ)74号 判決

(「 」内は二審判決付加部分,他は一審判決引用。判決原文のタテ組みをヨコ組みに変更)

本件疾病の業務起因性について

1 本件各出張の業務の過重性について

(一) 本件国内出張は,特に過重な勤務とはいえないが,国内数か所を短期間に回ることにより,控訴人にはある程度の疲労は蓄積していたと窺われるところ,平成元年11月25日は休日であったにもかかわらず,控訴人は本件海外出張の準備のため十分な疲労の回復ができなかったことが窺われる。

また,本件海外出張は,12日間に5か国をわたる過密な日程である上に,ゴールドリング社は右出張をW社との取引を拡大するための重要な機会と位置づけており,控訴人は同社の取締役であるBと常に同行し,商談の後は夜間までほぼ連日接待をし,ホテル帰着後も業務報告書を作成するなどの作業を行っていたことから,控訴人の通常業務及び本件海外出張以前の海外出張と比較して厳しい内容であったということができ,本件各出張により控訴人に精神的・肉体的負担がかかっていたことが窺われる。

(二) しかし他方,接待は,ゴールドリング社の営業活動上重視されていたとはいえ,通常行う商談と比較すれば業務性に乏しい上に,本件海外出張中の接待のすべてをゴールドリング社の側で行ったわけではなく,接待中に控訴人が過度に飲酒したわけでもない(<証拠略>,控訴人本人)。

また,本件海外出張中にA社長ないしBとの間で特にトラブルはなく,前記……控訴人の供述する本件各出張中の出来事は,控訴人に精神的負担を与えたとしても,いずれも商取引上異常な出来事とまではいえないことからすると,これまで営業員として商談を行い,数度の海外出張経験を有する原告にとって強度の精神的負担であったとまでは認めがたく,他に本件各出張中に著しい精神的負担を与える異常な出来事は見当たらないことや,本件海外出張とほぼ同程度の日程を,当時60歳代半ばであったA社長もこなしていること(控訴人本人)からすると,本件海外出張が,控訴人に対し著しいストレスを与えたとまでは認めることができない。

「控訴人は,原判決は,本件国内出張につき,特に過重な勤務とはいえないと判示したが,原判決……記載の事由に加え,原判決添付別紙勤務表(二)記載のとおり所定労働時間の2倍近い労働時間の長さや出張目的が海外顧客の中でも最も重要な顧客であるW社の取引商品をアルバムから文具一般に広げてもらうという重要な目的であったこと等を考慮すると,特に過重な勤務であったと主張する。

確かに,控訴人主張の事情を考慮すると,原判決が判示しているように控訴人にはある程度の疲労が蓄積していたものと窺われるが,右国内出張期間は,5日間であり,そのうち平成元年11月23日の休日勤務は,東京から神戸への移動と神戸に帰ってから1時間程度ゴールドリング社で書類整理をした後,午後6時ころには帰宅しており,ホテルに宿泊したのは,東京での2泊だけであること(<証拠略>),出張先も,東京を除けば,大阪は,控訴人の自宅からゴールドリング社に出社するのと変わらない程度の距離であるし,三重への出張もそれ程遠距離とはいえず(<証拠略>),必ずしも大きな負担であるとはいえないこと,また,3か月程度遡って過去の勤務状態をみても,8月に2日間休日勤務があるだけであり,疲労が蓄積していた状況にもなかったことを併せ考慮すると,客観的にみて特に過重な業務であるとはいえないというべきである。

次に,控訴人は,原判決……記載の事由のほか,控訴人の真面目で几帳面な性格を考慮すると,本件海外出張は,特に過重な勤務であったとし,原判決が,本件海外出張が控訴人に対し,著しいストレスを与えたとまでは認めることができないとした理由に対して,<1>ゴールドリング社では,接待が相手方との相互理解のため業務の重要な一環であるとして位置付けられているところ,控訴人が過度の飲酒をしなかったことは,かえって接待の場における控訴人のストレスを増やす要因であり,また,接待の場での会話が英語でなされていることのストレスも無視できないこと,<2>国内出張に引き続く11日間休みなしの6か国への連続海外出張自体が異常な出来事であり,また,原判決が認定した海外出張中の出来事も精神的に大きな負担を与えるものであったこと,<3>A社長は基礎疾病を有していなかったから,発症しなかったとしても当然のことであり,また,同社長は,英語が母国語であるうえ,長年商社の業務に従事してきており,ほぼ同じ日程,内容の出張業務であったとしても,控訴人と比べれば疲労,ストレスの程度は軽かったといえると反論し,原判決の事実認定は,誤りであると主張する。

しかしながら,右<1>の点については,原判決が説示するとおり,本件海外出張中の接待のすべてをゴールドリング社の側で行ったものではないうえ,ゴールドリング社の側で行った接待についても,同社の現地事務所の社員と一緒に接待にあたっている場合もあること(<証拠略>),ゴールドリング社の営業活動上接待が重視されていたとはいえ,その性質上通常の商談に比べれば業務性に乏しいといわざるを得ないのであって,客観的にみて連日の接待を通常の商談と同じレベルでの業務であり,ストレスであるととらえることには疑問があること,また,控訴人の海外出張歴をみると,証拠(<略>)及び弁論の全趣旨によれば,昭和63年1月に10日間(延日数。以下同じ。)の日程で台湾,香港に,同年11月に17日間の日程で台湾,オーストラリア,香港に,1週間後の同年12月には,8日間の日程で台湾にそれぞれ出張する等かなり厳しい日程の年間44日の海外出張をし,平成元年には5日間の日程で韓国に,10日間の日程で台湾にそれぞれ出張して商談をし,飲酒を伴う接待をしていること(控訴人は,原審において,昭和63年の右各出張は,目的の国に行く前に,ゴールドリング社の台湾,香港等の現地事務所と打ち合わせをしているので,目的としている国は,1か国であると供述するが,そうであるとしても,それぞれの国に行くのであるから,かなり厳しい日程であることは否定できない。)をも併せ考慮すると,本件海外出張が,12日間に5か国を回る過密な日程であり,しかも有力な取引先であるW社との取引拡大のための重要な出張であること等控訴人主張の事情を考慮に入れても,控訴人に著しいストレスを与えたとまでは認め難い。

右<2>の点については,本件国内出張が,必ずしも過重な業務であるといえないことは,前述したとおりであり,また,本件国内出張と本件海外出張の間の1日は,海外出張の準備があったとはいえ,全日自宅で過ごすことができたのであるから,不十分ながらも疲労回復に寄与しているというべきである。そして,これまで述べてきたことによれば,本件各出張が脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準(平成7年2月1日付け基発第38号通達)において定義されている「異常な出来事」(<証拠略>)に匹敵するような過重な業務であるとはいえず,また,原判決……において控訴人の供述する出来事についても,商取引において商談がスムーズにいかないことは,通常あり得ることであり,商取引上異常な出来事とはいえないし,その他の出来事もその多くは海外出張に不可避な負担といえるようなものであるから,前述したとおり,これまで従業員として商談を行い,数度の海外出張経験を有する控訴人にとって強度の精神的負担であったとまでは認め難い。

右<3>の点については,確かに,A社長と控訴人とでは,控訴人主張のような差異があることを考慮すると,単純には比較できない点もあるが,それでも60歳代半ばであったA社長が,当時37歳であった控訴人とほぼ同程度の日程を格別健康を害することなくこなしていることは,本件海外出張の過重性を判断する1つの資料にはなり得るというべきである。」

2 業務起因性について

前記……のとおり,壮年期の日本人の60パーセント程度がH・P菌に感染しているともいわれる現状において,大多数の成人が消化性潰瘍を発症することなく日常の業務を遂行している。

また消化性潰瘍の原因は,H・P菌発見以前には,生物学的要因,心理的要因及びストレス刺激となる社会的要因の3つの重なり合いにより生ずると考えられており,治療方法としてH2受容体拮抗薬等の維持療法及び社会生活上ストレスの軽減に努めることが必要とされ,右療法はそれなりの成果を上げてきたし,消化性潰瘍の発症ないし再発の防止にはストレス管理が重要である旨の平成10年発表の報告(<証拠略>)及び胃潰瘍について,H・P菌感染はストレス下での胃潰瘍の発症に関与するが,重症化にはストレスが関与している旨の平成8年発表の報告(<証拠略>)があるなど,近年のH・P菌についての医学的知見を前提としつつも,消化性潰瘍の発症ないし再発にストレスが関与している旨の従来の医学的知見が否定されたわけではない。

これらの点から,H・P菌感染が消化性潰瘍の大きな要因であるとしても,H・P菌に感染していることから直ちに当該疾病が業務起因性を欠くと速断するのは相当でなく,例えば,高血圧等の基礎疾病が,過重な業務によりその自然的経過を超えて急激に増悪した結果として脳出血等に至った場合には当該疾病が業務に起因するといえるのと同様に,H・P菌感染者についても業務の内容などから客観的に判断して,当該疾病が業務によるストレスに起因すると判断される余地もないわけではない。

3 しかしながら,前記……によれば,H・P菌感染者が十二指腸潰瘍を発症した場合,H・P菌除菌に成功しない限りその再発可能性は高く,特にH2受容体拮抗薬などの抗潰瘍剤による維持療法を怠った場合,再発率は高いと認めることができるところ,前記1のとおり,本件各出張により控訴人の受けたストレスは著しいものとまでは認められない上,控訴人が前回の疾病後に十二指腸潰瘍の維持療法を怠っていたことからすると,控訴人の右私病の状態が本件疾病発症の原因ではないかとの疑いを払拭することはできない。したがって,控訴人の右ストレスが,本件疾病の発症にいくらかの寄与をしたとしても,ストレスが相対的に有力な原因として本件疾病を発症させたとまで認めることはできず,本件疾病について,本件各出張中の業務に内在する危険が現実化したものと考えるのは相当でない。

なお,控訴人は,本人尋問において本件海外出張中に中外胃腸薬を服用していた旨供述するが,証拠(<略>)によれば,右胃腸薬にはH2受容体拮抗薬ほどの制酸効果はないことが認められ,十二指腸潰瘍の再発防止効果があるかは疑わしいから,控訴人が本件海外出張中に中外胃腸薬を服用していたことが前示認定,判断を左右するものではない。

「控訴人は,原判決が,控訴人において前回の疾病後に十二指腸潰瘍の維持療法を怠っていたと判示している点について,自らに病状がなく,治療内容も投薬を中心とした予防的・維持的なものである場合,仕事の忙しさなどから通院を中断してしまうことはよくみられることであるし,昭和63年の前回の発症時は,軽微であったから,控訴人が昭和63年2月の発症時から同年6月28日まで3回しか受診せず,その後1年半診察を受けなかったことは,控訴人が責を負うべき事情とはいい難いと主張する。

しかしながら,原判決の右説示は,控訴人に責に帰すべき事情があるから,業務起因性が否定されると判示しているのではなく,原判決……において認定したとおり,H・P菌感染者が十二指腸潰瘍を発症した場合,H・P菌除菌に成功しない限りその再発可能性が高く,特にH2受容体拮抗薬などの抗潰瘍剤による維持療法を怠った場合,再発率は非常に高いことから,本件においても,控訴人が維持療法を怠ったことにより,十二指腸潰瘍が再発したのではないかという疑いが払拭できないというものであって(しかも,証拠〔<証拠略>〕によれば,前回の疾病時の検査により,控訴人は,単発潰瘍ではなく,それよりも再発しやすい多発潰瘍であることが認められる。なお,(証拠略)には,控訴人の潰瘍は,最も再発を繰り返しやすい線状潰瘍であったと断定できるとの記載があるが,内視鏡検査等により線状の瘢痕を確認したわけではないから,その疑いが濃いものの断定まではできない。),当裁判所も同意見である。

確かに,控訴人が主張するように,本件各出張前には自覚症状がなく,本件海外出張の終わり近くになって十二指腸潰瘍が発症したことに照らすと,ストレスが右発症に寄与していることは否定できないところではあるが,前述したとおり,本件各出張が特に過重な業務であるとまではいえないうえ,H・P菌感染者が十二指腸潰瘍を発症した場合において,特にH2受容体拮抗薬などの抗潰瘍剤による維持療法を怠った場合,再発率が非常に高いことは,本件疾病の原因を判断するうえにおいて重視せざるを得ない事情であって(基礎疾病にも色々なものがあり,その程度にも差があるから,相当因果関係の判断においては,当然右の違いを考慮することになる。),以上の点を考慮すると,ストレスが相対的に有力な原因として本件疾病を発症させたと認めることにはなお疑問が残るといわざるを得ない。なお,医師Sの意見書(<証拠略>)には,本件各出張前には自覚症状がなく,本件海外出張の終わり近くになって発症したこと等から,潰瘍症の自然憎(ママ)悪ではなく,出張によるストレスが発症の引き金と考えられるとの記載があるが,右意見書においても,服薬を中止して約1年の間再発をきたしやすい状況が継続していたとの記載があることの他,ストレスが本件疾病の発症に寄与していることを考慮してもなお相当因果関係を認めることができないことは,前述したとおりであるから,右意見書によってもなお相当因果関係を認めるに足りない。」

4 したがって,本件疾病が本件各出張中の業務上のストレスに起因する疾病であると認めることはできない。

(第11民事部 見満正治裁判長裁判官)

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